ツーリングだった。
私のバイク歴史は、いつも過酷なスケジュールだったが、今回のスケジュールも例に漏れることなく、
過酷なものだった。過密さで言えば、最も余裕のないスケジューリングだったと思う。
GWが満足に続かず、暦通りにしか休めなかった私。
ツーリング参加者の花形であった隼の持ち主との都合あわせの為、2日に仕事、学校、
そのまま実家へ、というコースを取った。コレだけでも結構辛いものである。
しかも天候は最悪、辛うじて地元入りした頃は晴れたが、それまでは
延々雨の中走ってきたのだ。もちろん夜道である。
下道6時間、雨の夜道を走るのだから、疲れないわけがない。
だがしかし、自然と体は楽だった。
そのまま朝を向かえ、参加者への連絡回しをしたり、調子の悪いバイクを見に行ったりして、
8時過ぎに地元出発、北上して海へ出る計画だった。道中、各バイクのスペック差もあり、
走っては待ち、走っては待ち、の繰り返しだったが、私としては結構楽しんでいた。
それもあって、やはり疲れを感じず、目標である海まで出る事に成功。
別行動を取っていた隼と海沿いで合流し、帰宅の途中、昼食を取った。
そしてその後だ、事故が起こったのは……。
事故よりも前に、2、3度ブレーキが遅れ、前方車両を避けて、路肩へはみ出していた。
この時点で気づくべきであった。4度目か5度目の事である。
避けた路肩の先は縁石で塞がれていて、私のバイクは乗り上げた。(のだろうか?)
衝撃で軽く宙を舞った(気がする)私の体は、その勢いで何かに足を引っ掛け、転倒。
足に痛みが走るものの、小指の小さな怪我を気にしながら、自分のバイクを路肩へ寄せる。
足の痛みを私は暫くただの打ち身だと思っていた。
だがしかし、ズボンの裾には穴が空いているじゃないか。
「見たくない。」
そう思った。もしかしたら、擦り傷程度かもしれない。だが、私が着ていた服は、それなりに
生地の強いモノだった。このズボンに穴が空くほどの勢いで肉にぶつかったのだ、
無事なわけがない。
回りの友人らも、心配しながら傷の具合を聞いてくる。
私は半ば冗談混じりで裾をまくると、そこには思ったよりも深く、広く、肉が裂けていた。
救急車決定。
隼ライダー様の的確迅速な対応の良さに驚きつつ、私は初めての救急車に担ぎこまれていった。
到着した病院では、結構軽めに扱われた。まぁ、足の肉が裂けたくらいで大事になるわけがない。
多少放置された時間があったが、他に「いたい、いたい」と泣き叫ぶ少年(?)も居たので、
自分なんぞにかまっている暇はなかったのだろう。
あの声を聞くと、自分がこの程度で済んでよかったと実感できた。
処置が済み、医師に帰っていいと言われた。思った以上に軽い扱いだったので、
傷も大した事ないのだろう。と逆に安心してしまう。
診察室から出ると、隼ライダー様が待っていてくれた。
もう頭が上がらない。
警察への報告や、診断書や必要書類等、色々教えてくれた彼には感謝し足りない。
その上彼は私を駅まで送ってくれた。2時間も待ち、地元への電車に乗り、ようやく帰宅。
自分の疲れに気づけない歳になったのか、と自分の愚かさを反省すると共に、
良い教訓になったともポジティブに考える事にする。
1. 無題